1. 序論:用語の定義と本報告書の目的
1.1 「横殴り」の多義性とデジタル空間への転用

日本語における「横殴り(よこなぐり)」という言葉は、本来、気象現象や物理的な動作を指す用語として存在してきました。
辞書的な定義によれば、それは「暴風雨が上からではなく横から吹き付けてくるような情況」や「横側から殴ること」を意味します。
しかし、インターネットの普及とともに、この言葉はオンラインゲーム、とりわけ多人数同時参加型オンラインロールプレイングゲーム(MMORPG)の文脈において、特殊かつ重要な意味を持つ専門用語として定着しました。
本記事では、オンラインゲームにおける「横殴り」を、「他者の戦闘的占有権、あるいは暗黙の縄張りを侵害する介入行為」と定義します。
具体的には、他のプレイヤーが戦闘を開始している敵キャラクター(モンスター)に対し、第三者が横から割り込んで攻撃を加える行為を指します。
英語圏では「Kill Steal(KS)」と呼ばれ、「殺害(による報酬)を盗む」という結果に焦点を当てた表現がなされますが、日本の「横殴り」という表現は、その行為の「理不尽さ」や「横暴さ」といったプロセスや感情的側面に重きを置いたニュアンスを含んでいます。
1.2 研究の背景と重要性
「横殴り」は、単なるゲーム内の一動作ではありません。
それは、仮想空間における「有限資源の配分問題」を象徴する現象であり、プレイヤー間のコミュニティ形成、規範(マナー)、そしてゲームデザインの進化を語る上で欠かせないトピックです。
初期のMMORPGにおいては、この行為が原因で深刻なトラブルやハラスメントが頻発しましたが、近年のタイトルではシステム側での対策が進み、その意味合いは劇的に変化しています。
本記事では、提供された資料に基づき、「横殴り」のメカニズム、歴史的変遷、各タイトルにおける事例、そして社会学的側面について、網羅的かつ詳細に分析を行います。
これにより、なぜ「横殴り」が忌避されるのか、そして現代のゲームデザインはいかにしてその問題を克服しようとしているのかを明らかにします。
2. 構造的要因:なぜ「横殴り」は発生し、問題視されるのか
2.1 ゼロサムゲームとしての資源争奪
MMORPGにおけるフィールド狩り(モンスターとの戦闘)は、経済学的な視点で見ると「資源の奪い合い」です。
モンスターは経験値(EXP)、ゲーム内通貨、アイテムという資産を内包しており、倒されることでそれらをプレイヤーに提供します。
問題の本質は、多くの古典的なオンラインゲームにおいて、この資源の分配ルールが「ゼロサム(Zero-sum)」、すなわち「誰かが得をすれば、誰かが損をする」形式で設計されていたことにあります。
| 報酬分配システム | 詳細メカニズム | 横殴りによる影響 | 該当タイトルの傾向 |
| First Attack (FA) | 最初に攻撃をヒットさせたプレイヤーが、その敵からの経験値・アイテム権を100%獲得する。 | 後から攻撃しても報酬が得られないため、横殴りは単なる嫌がらせや妨害となる。 | 初期のMMORPG、一部のコンソールRPG |
| Last Attack (LA) | 最後にトドメを刺したプレイヤーが報酬を得る。 | 戦闘の99%を担当しても、最後の1撃を奪われると報酬がゼロになる。「Kill Steal」の語源。 | 古典的なPC MMORPG、MOBA系 |
| Most Damage | 与えた総ダメージ量が最も多いプレイヤーが権利を持つ。 | 火力が高いキャラクターが、戦闘中の敵に介入して権利を奪い取ることが可能。 | ボス戦などで採用されることが多い |
| Damage Threshold / Tagging | 一定割合以上のダメージを与えれば権利が発生、または最初に攻撃した時点で権利が確定し共有される。 | 横殴りが「協力」となり、不利益が発生しない。 | 現代のMMORPG(FF14, GW2など) |
2.2 プレイヤーが被る不利益の具体的内容
「横殴り」が行われた際、被害を受けるプレイヤー(最初に戦っていた人)には、以下のような具体的なデメリットが発生します。
- 経験値の減算・喪失:他者が戦闘に参加することで、得られる経験値が分配されたり、あるいは完全に奪われたりします。多くのゲームでは、レベル差のある高レベルプレイヤーが介入すると、経験値が著しく減少するペナルティ補正がかかる仕様があります。これにより、善意の「手助け」であっても、結果として「横殴りによる妨害」となってしまうケースが存在します。
- ルート権(Loot Rights)の喪失:敵がドロップするアイテムの所有権(ルート権)を奪われることは、経済的な損失に直結します。特にレアアイテムをドロップするモンスターの場合、このトラブルは非常に深刻です。
- 戦闘テンポと戦略の崩壊: プレイヤーは、自分のスキル回しやリソース(MPなど)管理を計算して戦っています。そこに予期せぬ介入があると、敵の挙動(ターゲット)が変わり、コンボが途切れたり、敵をまとめる位置がずれたりします。これは「自分のペースで遊びたい」「一人で倒して実力を試したい」という心理的な欲求を阻害する行為となります。
- 「魅せプレイ」による視覚的妨害: 実利的な被害だけでなく、協力プレイの場において、ダメージ効率の悪い派手なスキルを連発したり、意味もなく味方を攻撃するような行動(Friendly Fireがない場合でも)は、「魅せプレイ」と呼ばれる一種の自己顕示行動として、「横殴り」に準ずる迷惑行為と見なされることがあります。
3. ゲームの進化と「横殴り」の変遷:マナーからシステムへ
オンラインゲームの歴史は、この「横殴り」という人間関係の摩擦を、いかにしてシステムデザインで解決するかという試行錯誤の歴史でもあります。
3.1 第1世代:カオスと「マナー」による自警
『ウルティマオンライン(UO)』や初期の『リネージュ』、そして『ラグナロクオンライン(RO)』の黎明期においては、システムによる制限が緩く、「やったもん勝ち」の状況が散見されました。
この時代、プレイヤーコミュニティは自衛のために厳格な「マナー(ローカルルール)」を構築しました。
「横殴り禁止(No KS)」は、ほとんどのギルドやパーティ募集において明記される必須の掟でした。
海外では「KS」という言葉が、プレイヤーの評判(Reputation)を傷つける最大の汚点として扱われました。
FF11などのオールドタイプのMMORPGでは、この問題が頻発し、掲示板等での晒し行為や村八分といった社会的制裁が横行しました。
3.2 第2世代:占有システム(Claim)の導入
摩擦を緩和するために導入されたのが「占有(Claim)」システムです。
『ファイナルファンタジーXI(FF11)』などが代表的です。
- 視覚的シグナル:プレイヤーがモンスターに攻撃を仕掛けた瞬間、モンスターの名前の色が変化します(例:黄色→赤色、あるいは紫色)。
- システム的ブロック:色が変化した(占有された)モンスターに対しては、他者は攻撃できない、あるいは攻撃しても報酬が得られないようにシステム側で制御されます。
これにより、「横殴り」の定義は「紫ネーム(他人が占有中の敵)を攻撃すること」として明確化されました。
しかし、これでもなお、「占有が切れる一瞬を狙う」「敵を大量に引き連れて他人に押し付ける(MPK: Monster Player Kill)」といった抜け穴を突く嫌がらせは無くなりませんでした。
3.3 第3世代:共闘推奨とポジティブサムへの転換
2010年代以降、特に『ファイナルファンタジーXIV: 新生エオルゼア(FF14)』や『Guild Wars 2(GW2)』の登場により、パラダイムシフトが起こりました。
これらのゲームは、「横殴り」という概念自体を過去のものにしようと設計されています。
『ファイナルファンタジーXIV(FF14)』の事例
FF14では、「横殴りOK、むしろ共闘推奨」という極めてユーザーフレンドリーな仕様が採用されています。
- 経験値の個別満額支給:他者が攻撃に参加しても、一定のダメージを与えれば、双方が100%の経験値を得られます。パイを奪い合うのではなく、パイが増える仕組みです。
- F.A.T.E.システム:フィールド上で突発的に発生するイベントでは、通りすがりのプレイヤー全員が参加し、全員が報酬を得ることができます。
- 心理的変化:この仕様により、他プレイヤーの存在は「獲物を奪うライバル」から「討伐を早めてくれる味方」へと変化しました。「敵の名前の色」を気にする必要がなくなり、初心者が誤って攻撃してもトラブルになりにくい土壌が形成されています。
『Guild Wars 2(GW2)』の事例
GW2も同様に、「横殴りにデメリットが一切ない」システムを構築しています。
- リソースノードの共有:フィールド上の採取ポイント(鉱石や木材)ですら、全プレイヤーが個別に採取可能です。
- 協力の常態化:フィールドで戦っている人を見たら「ガンガン助けに行っていい」という文化が公式に推奨されており、MMORPG本来の「多人数で遊ぶ楽しさ」を阻害する要因が徹底的に排除されています。
4. ケーススタディ:タイトル別に見る現代の「横殴り」事情
システムが進化してもなお、ゲームごとの特性やコミュニティの文化により、「横殴り」を巡る摩擦は様々な形で残存しています。ここでは具体的なタイトルの事例を深掘りします。
4.1 『ドラゴンクエストX(DQX)』:効率追求と「橋」のローカルルール
『ドラゴンクエストX』は、国民的RPGのオンライン版として幅広い層がプレイしていますが、それゆえに独特の「効率重視」のルールが存在します。
資料で触れられている「タコメット」狩りの事例は、DQXにおける「横殴り」問題の特殊性を浮き彫りにしています。
- 「タコメット」と「橋」:特定のレベル帯において、「タコメット」というモンスターを狩るのが最高率とされる時期がありました。この際、「キュララナ海岸」などのマップにある「橋」が重要な意味を持ちます。
- 湧き(Pop)のメカニズム:モンスターは倒された後、特定の範囲内に再出現します。プレイヤーが「橋の奥」に行って乱獲してしまうと、モンスターの出現位置が分散してしまい、結果として全体の狩り効率が低下します。
- 「半分より奥に行くのは絶対やめましょう」:これはシステム上の禁止事項ではなく、プレイヤーが編み出した「効率最大化のためのマナー」です。しかし、これを知らないプレイヤーが奥に進んでしまうと、ベテランプレイヤー(動画内で言及される「ドラクエネチネチおじさん」)から執拗な注意や嫌がらせを受けるトラブルが発生します。
- 広義の横殴り:ここでは、直接的な攻撃の重複だけでなく、「狩り場のセオリーを無視して全体の利益を損なう行為」が、広義の横殴り・迷惑行為として認識されています。
4.2 『黒い砂漠(Black Desert)』:狩り場独占と実力行使
『黒い砂漠』は、ノンターゲティング方式のアクション性の高いMMORPGであり、狩り効率がキャラクターの成長や金策に直結するため、場所取り争いが非常に激しいタイトルです。
- 「ルート」の概念:効率よく経験値やアイテムを稼ぐために、プレイヤーは特定のモンスターの群れを順番に回る「ルート(周回コース)」を構築します。
- 暗黙の了解:「誰かが使っているルートで狩りをしない」というのがマナーとして普及しています。後から来たプレイヤーがそのルート上の敵を倒すことは、明確な「横殴り」と見なされます。
- 「場所」の所有権:資料にあるように、公式運営は「特定のプレイヤーに狩り場の所有権がある」とは認めていません。しかし、プレイヤー間では「先着優先」が不文律となっています。
- 紛争解決手段としてのPK:『黒い砂漠』にはPK(プレイヤーキル)システムがあります。言葉で解決しない場合、物理的に相手を排除(PK)して狩り場を奪い取ることがシステム上可能です。しかし、これは双方にとって時間のロス(狩り効率の低下)を招くため、「なるべく穏便に棲み分ける」という妥協案が選ばれることが多いようです。
- 上位狩り場のカオス:人気の上位狩り場では、チャンネル数が限られていることもあり、横殴りや場所の奪い合いが頻発します。「推奨するわけではないが、実情としてそうなる」という諦観も存在します。
4.3 『ラグナロクオンライン(RO)』:規約のグレーゾーン
長寿タイトルであるROにおいては、横殴りに対する運営のスタンスが非常にデリケートです。
- MPKと変則的横殴り:ROでは、大量のモンスターを連れて他人に擦り付ける行為(MPK)や、ルート権だけを掠め取る行為が古くから問題視されてきました。
- 運営の対応:資料の禁止事項において、運営は「虚偽の情報の流布」や「運営詐称」などは明確に禁止していますが、ゲームプレイ上の競合である「横殴り」が即座に処罰対象になるかについては、「処罰の対象になるかはお答えしていません」という曖昧な態度を取っています。
- マナーとしての自律:これは、「プレイヤー間のトラブルは当事者同士で解決してほしい」という運営の基本姿勢の表れでもあります。しかし、悪質な粘着行為やストーキング行為に発展した場合は、「迷惑行為」として処罰される可能性があります。
5. 社会学的・心理学的考察:なぜ人は「横殴り」に怒るのか
5.1 所有感の侵害と「共有地の悲劇」
オンラインゲームのフィールドは、誰のものでもない「共有地(Commons)」です。
しかし、人間には「自分が手おしした(ターゲットした、あるいは先に到着した)ものは自分のもの」と感じる心理的な所有意識(Psychological Ownership)が働きます。
「横殴り」は、この心理的な縄張りを侵害される行為です。
特に、そのモンスターを倒すために長い時間待機していたり(レアモンスターの場合)、苦労して戦っていたりする場合、その怒りは倍増します。
これは、列に並んでいるときに割り込まれる感覚に似ています。
5.2 「ローカルルール」の功罪
DQXの「橋」や黒い砂漠の「ルート」のように、コミュニティは共有地の悲劇(乱獲による枯渇や効率低下)を防ぐために、独自の「ローカルルール」を形成します。
- 功(メリット):ルールが守られている限り、全員が一定の効率でプレイでき、無益な争いを避けられます。秩序が保たれます。
- 罪(デメリット):これらのルールはゲーム内に明文化されていないため、新規プレイヤー(初心者)には不可視です。知らずにルールを破った初心者が、「マナー違反者」として攻撃される排他的な環境を生み出します。これは新規参入の障壁となり、ゲームの過疎化を招く要因にもなります。
5.3 コミュニケーションコストの増大
現代のプレイヤーは、限られた時間で効率的に楽しむことを重視する傾向があります(タイパ:タイムパフォーマンス)。
そのため、「横殴りしていいですか?」と聞いたり、「一緒に狩りませんか?」と交渉したりするコミュニケーションコストを嫌います。
「無言で狩れるシステム(FF14型)」が好まれるのは、この面倒な人間関係の摩擦を回避できるからです。
一方で、摩擦があるからこそ生まれるドラマや交流(MMOらしさ)が失われているという指摘もあり、これはトレードオフの関係にあります。
6. 結論と提言:共存のためのリテラシー
6.1 システムへの依存と限界
本調査から明らかになったのは、**「横殴り問題の根本解決は、マナー教育ではなくゲームデザインにある」**という点です。
資源を取り合う(ゼロサム)設計である限り、どれだけマナーを叫んでもトラブルはなくなりません。
FF14やGW2のように、他者の介入を利益に変える(ポジティブサム)設計こそが、最も効果的な解決策です。
6.2 プレイヤーに求められる適応
しかし、全てのゲームが最新の親切設計であるわけではありません。
DQXや黒い砂漠、クラシックなタイトルのリメイク版などを遊ぶ際には、プレイヤー側のリテラシーが求められます。
- 郷に入っては郷に従う:そのゲーム、そのサーバー特有の空気感やローカルルールを観察し、尊重する姿勢。
- 挨拶と対話:トラブルになりそうな時は、無言でやり返すのではなく、一言声をかける勇気。「横殴り」の多くは、悪意ではなく無知から発生しています。
- 寛容さ:特に初心者に対しては、即座に「晒し」や暴言で対応するのではなく、教え導く、あるいは許容する余裕を持つことが、コミュニティ全体の健全化に繋がります。
「横殴り」とは、画面上のキャラクター同士の衝突である以上に、画面の向こう側にいる生身の人間同士のコミュニケーションの不全です。
この言葉が死語になるか、それとも形を変えて残り続けるかは、今後のゲームデザインの進化と、我々プレイヤーの成熟にかかっています。
