
1. 序論:デジタルコミュニケーションにおける極限の圧縮
現代のオンラインゲーム、とりわけeスポーツと呼ばれる競技性の高いタイトルにおいては、0.1秒の判断が勝敗を分ける極限の環境が形成されています。
このような環境下では、コミュニケーションコストを最小限に抑えることが生存戦略として不可欠となります。
その結果、プレイヤー間の言語は極度な圧縮と記号化(Encoding)を遂げ、外部の人間には解読不能な独自の語彙体系が構築されてきました。
その中でも『sup』というたった3文字のアルファベットは、最も多義的であり、かつ最も頻繁に誤解を生む用語の一つとして知られています。
ある文脈ではチームの勝利を支える献身的な「役割(Role)」を指し、別の文脈ではプレイヤー同士の親愛を示す「挨拶(Greeting)」として機能し、さらに別の文脈では敵への侮蔑や味方への責任転嫁を意味する「毒(Toxicity)」を含んだ言葉へと変貌します。
本記事は、MOBA(Multiplayer Online Battle Arena)、FPS(First-Person Shooter)、そしてバトルロイヤルといった主要なゲームジャンルにおける『sup』の使用実態を網羅的に調査し、その語源的変遷、戦略的機能、そして異文化間コミュニケーションにおける課題について、詳細に分析を行うものです。
League of Legends(LoL)、Overwatch、Valorant、Apex Legendsといった具体的タイトルの事例を深掘りし、この短い単語がいかにしてゲーム文化の深層を映し出す鏡となっているかを解明します。
2. 語源学的アプローチ:『sup』の二重起源
『sup』という言葉が持つ混乱の根本的な原因は、全く異なる2つの英単語が、偶然にも同じ3文字の短縮形へと収束(Convergence)した点にあります。
2.1. 系統A:Sociolinguistic Origin(社会言語学的起源)
“What is up?” → “What’s up?” → “Wassup” → “Sup”
第一の系統は、英語圏の日常会話に由来するものです。
“What is up?”(何かあった?/調子はどう?)という問いかけは、1990年代以降のヒップホップカルチャーや若者文化の中で崩れ、”Sup” という極めて短い挨拶として定着しました。
デジタルチャットにおいて、”Hello”(5文字)や “Hi”(2文字)ではなく “Sup”(3文字)が好まれる背景には、単なる文字数の問題だけでなく、ニュアンスの差異が存在します。
“Sup” はよりカジュアルで、相手との対等な関係性や、堅苦しい礼儀を排した「ゲーマー同士の連帯」を暗黙のうちに提示する機能を持っています。
2.2. 系統B:Strategic Origin(戦略的起源)
“Support” → “Supp” → “Sup”
第二の系統は、ゲームシステム内の用語 “Support”(サポート/支援役)の短縮形です。
特にMMORPGや初期のMOBAにおいて、チャット入力の速度はゲームプレイの効率に直結するため、7文字の “Support” を入力することは時間の浪費と見なされました。
当初は “supp” と “p” を重ねることで挨拶との区別を図る傾向もありましたが、更なる効率化の追求により、多くの場面で “sup” へと統合されました。
この二つの系統が、チャットボックスという一つの空間で交錯することで、文脈依存(Context-Dependent)の高度な読み取りゲームが発生しているのです。
3. MOBAジャンルにおける『sup』:League of Legends(LoL)の事例分析
『sup』という言葉が最も重層的な意味を持ち、かつゲームの構造そのものを定義づけているのが、League of Legends(LoL)に代表されるMOBAジャンルです。
LoLにおける『sup』は、単なる役割名を超え、経済構造、視界管理、そして精神的な負担(Mental Load)を象徴する概念となっています。
3.1. EUスタイルの確立と「サポート」の定義
LoLの黎明期に確立された「EUスタイル」と呼ばれる戦術メタにおいて、5人のプレイヤーは以下のように資源を配分することが最適解とされました。
- Top: 孤立したレーンで戦うファイター・タンク
- Jungle (JG): 森を回り、奇襲を仕掛ける遊撃手
- Mid: マップ中央で魔法攻撃などを担うメイジ・アサシン
- ADC (Attack Damage Carry): 物理攻撃による継続火力を担う(Botレーン)
- Support (Sup): 資源を一切取らず、ADCを育成・保護する(Botレーン)
ここで定義される『sup』の特異性は、「ミニオン(雑魚敵)を倒してゴールドを得る権利を放棄する」という点にあります。
これにより、チーム内の限られた資源をADCに集中させることが可能になります。
つまり、MOBAにおける『sup』とは「自己犠牲」のシステム化であり、チャットで “sup” と宣言することは、「私はこの試合において、自身の成長よりもチームの勝利のための裏方に徹します」という契約を提示することと同義なのです。
3.2. チャット文化における「コール」の変遷
3.2.1. ブラインドピック時代の「早い者勝ち」
かつてのLoLでは、マッチング成立直後のチャットロビーで、希望するポジションを叫ぶ(Call)文化が一般的でした。
プレイヤーA: “mid”
プレイヤーB: “top”
プレイヤーC: “sup”
この文脈において、”sup” は挨拶の余地なく「サポートロール」の宣言です。
しかし、初心者が挨拶のつもりで “Sup” と入力し、他のプレイヤーがそれをロール宣言と誤認して編成を組んでしまうという「悲劇」が頻発しました。
「挨拶のつもりだったのに、誰もサポートを選ばないまま試合が始まり、チャットで『お前がSupって言っただろ!』と罵倒される」――この現象は、LoLプレイヤーの通過儀礼とも言える共通体験となっています。
3.2.2. ロールキュー導入後の変化
現在では、試合開始前に希望ロールを選択するシステム(チームビルダー、ドラフトピック)が主流となり、チャットでのロール宣言は減少しました。
しかし、役割交換の交渉(”Can I sup?”)や、不本意にサポートに割り当てられた際(Auto-filled)の弁明など、依然として戦略的対話の中核用語として機能しています。
3.3. 高度な情報伝達:サモナースペル管理
LoLの高ランク帯における『sup』の使用法で特筆すべきは、敵のクールダウン管理における符丁としての機能です。
| チャットログ | 解読 | 戦略的意味 |
| “930 sup f” | “At 9:30, Enemy Support’s Flash will be up.” | 敵のサポートは9分30秒までフラッシュ(瞬間移動)が使えない。今ならガンク(奇襲)で倒せる。 |
| “sup no r” | “Enemy Support has no Ultimate.” | 敵のサポートは必殺技がない。集団戦を仕掛けるチャンス。 |
このように、試合中の “sup” は特定のプレイヤー個人(敵のサポート担当)を指す代名詞として機能します。
ここでは感情や挨拶の要素は完全に排除され、デジタルな時間情報と紐付けられた軍事的な報告用語となります。
3.4. “Sup Diff” と毒性(Toxicity)
対戦ゲームの負の側面として、「責任転嫁」の問題があります。
ここで頻出するのが “Sup Diff”(Support Difference)というスラングです。
「敵のサポートと味方のサポートの実力差(Difference/Diff)が勝敗の原因だ」と主張するこの言葉は、サポートプレイヤーに対する強烈な批判として使われます。
サポートは視界確保(Warding)や味方の保護(Peeling)といった「数値化しにくい貢献」を担っているため、キル数だけで判断するプレイヤーから不当な批判を受けやすい傾向にあります。
“Sup diff” とチャットに打ち込まれることは、サポートプレイヤーにとって最大の屈辱であり、コミュニティの毒性を象徴するフレーズとなっています。
4. FPS・ヒーローシューターにおける『sup』の変容と曖昧性
OverwatchやValorant、Apex LegendsといったFPS視点のシューターゲームにおいても『sup』は使用されますが、その意味合いはMOBAとは異なり、より流動的です。
4.1. Overwatch 2:明確なロール定義と「ヒーラー」からの脱却
Overwatchシリーズは「タンク」「ダメージ(DPS)」「サポート」という3つのロールシステムを明確に採用しています。
4.1.1. “Healer” vs “Support” の概念闘争
Overwatchにおいて重要なのは、「回復役(Healer)」ではなく「支援役(Support)」であるという認識です。
MercyやAnaのように回復を主とするヒーローだけでなく、LucioのスピードブーストやZenyattaの火力支援など、回復以外のユーティリティで貢献するキャラも含まれます。
初心者が「回復してくれ」という意味で “We need healer” と言うのに対し、熟練者は “Support diff” や “Our sup is distinct” のように、より広義の戦術的貢献度を指して『sup』を用います。
チャットで “2 sup pls”(オープンキューなどで)と言われた場合、それは明確にサポートカテゴリーのヒーローを選択するよう求める指示です。
4.2. Valorant:挨拶としての覇権
5対5のタクティカルシューターであるValorantには、公式のロールとして「デュエリスト」「イニシエーター」「コントローラー」「センチネル」が存在し、「サポート」という名称のロールはありません。
4.2.1. 役割としての希薄化
プレイヤー間では、Sage(回復・壁)やSkye(回復・索敵)などのエージェントを便宜的に「サポート系」と呼ぶことはありますが、LoLほど厳密な定義ではありません。
スモーク役(コントローラー)をサポートと呼ぶこともあれば、味方のエントリーを助けるイニシエーターをサポートと呼ぶこともあり、定義は曖昧です。
4.2.2. 挨拶としての “Sup” の優位性
このため、Valorantのテキストチャットやボイスチャットで “Sup” が使われる場合、それは圧倒的な確率で “What’s up?”(挨拶) を意味します。
試合開始前の購入フェーズ(Buy Phase)は比較的余裕があるため、”Sup guys”(ようみんな)、”Sup y’all” といった挨拶が飛び交います。
ここで “I play Sage” などと返答してしまうと、文脈を読み違えたことになり、奇妙な空気が流れる可能性があります。
また、**「屈伸(Crouching)」**を繰り返す行為も、非言語的な “Sup”(挨拶・友好の合図)として機能します。
敵プレイヤーと遭遇した際に撃ち合わずに屈伸し合うのは、”T-bagging”(死体撃ち・煽り)とは紙一重の、高度な文脈依存コミュニケーションです。
4.3. Apex Legends:クラスシステムと文脈の混在
Apex Legendsでは、シーズン16以降のクラスリワークにより、「サポートクラス」が正式に定義されました(Lifeline, Gibraltar, Newcastle, Lobaなど)。
このクラスの特性(死亡した味方のバナーをクラフトできる等)は戦略上非常に重要です。
4.3.1. 挨拶か、クラスか、アイテムか
Apexにおいて “sup” がチャットに出る場合、以下の3つの可能性を瞬時に判断する必要があります。
- 挨拶: ジャンプシップ内や着地直後の “Sup”。「よろしく」。
- クラス要請: キャラ選択画面での “sup pls”。「(バナークラフトができる)サポートクラスのキャラを選んでくれ」。
- アイテム要求: 稀なケースですが、”need sup items”(回復や支援物資)の略として使われる可能性もゼロではありません(ただし、通常は “heals” や “batts” と言うため稀)。
Apexはピンシステム(Ping System)が充実しているため、テキストチャットの使用頻度は他ゲームより低い傾向にありますが、それゆえにたまに使われる “sup” の解釈は重要になります。
5. 社会言語学的考察:ゲーマー文化としての『sup』
なぜゲーマーたちは、”Hello” ではなく “Sup” を選ぶのでしょうか。
ここには、ゲームコミュニティ特有の社会心理が働いています。
5.1. 男性中心文化と「クールさ」の演出
伝統的に男性比率が高かったオンラインゲーム文化において、過度に丁寧な言葉遣いは「よそよそしい」「初心者」「弱気」と受け取られるリスクがありました。
“Sup” というスラングは、短く、ぶっきらぼうでありながら、仲間意識(Camaraderie)を含意する言葉として機能します。
これは「男性的連帯(Male Bonding)」の言語的表現であり、”Bro”, “Dude”, “Mate” といった呼称とセットで使われることで、即席のチームに「我々は対等な戦士である」という空気感を醸成します。
5.2. Web3・Cryptoゲームにおける “GM” vs “Sup”
近年のブロックチェーンゲーム(Web3 Gaming)界隈では、”GM”(Good Morning)がカルト的な挨拶として流行していますが、これに対抗する形で、より中立的でカジュアルな “Sup” を好む層も存在します。
“GM” が特定の思想や投資コミュニティへの帰属を強く示唆するのに対し、”Sup” はより広範な「ゲーマー」というアイデンティティに根ざした、フラットな挨拶として機能し続けています。
6. 日本人プレイヤーにとっての『sup』:異文化摩擦の最前線
日本のゲーマーにとって、『sup』は二重の壁として立ちはだかります。
6.1. 「サポ」と “Sup” のズレ
日本のゲーム用語では、サポート役を「サポ」と略すのが一般的です。
これは音韻的に “Support” の前半をとったものですが、英語の “Sup”(サップ)とは発音が異なります。
日本人がチャットで “sup” と打つ場合、それはほぼ100%「役割としてのサポート」を意味します。
一方、海外プレイヤーが “sup” と打つ場合は挨拶である可能性が高い。
この認識のズレが、以下のようなすれ違いを生みます。
海外プレイヤー: “Sup”(やあ、調子はどうだい?)
日本人プレイヤー: (なぜ今サポートの話を? 私はサポートを選んでいないのに…もしかしてサポートをやれと命令されている?) “No, I am Top.”(いいえ、私はトップです)
海外プレイヤー: “???”(会話が噛み合わないな…)
6.2. カタカナ英語の弊害
日本の学校教育では “What’s up” という表現は習いますが、それが “Sup” まで短縮される過程や、ゲーム内での頻度については深く触れられません。
また、”Sup” を「サップ」と読むか「スープ(Superの略?)」と読むか迷う初心者もおり、音声チャット(VC)での反応に遅れる原因ともなります。
7. 総括と結論
以上の分析から、オンラインゲームにおける隠語『sup』の全貌は、単なる「Support」の略語という枠組みを超え、ゲームジャンル、戦略的文脈、そして社会的儀礼が複雑に絡み合った**「動的な記号」**であることが明らかになりました。
主要な知見の要約
- 文脈依存性の極致: 『sup』の意味は、それが発せられた**「いつ(フェーズ)」、「どこで(ゲームタイトル)」、「誰が(役割)」**によって、180度異なる解釈(献身的な役割 vs カジュアルな挨拶)を要求されます。
- MOBAにおける重み: LoLにおける『sup』は、経済的自己犠牲を伴う契約であり、高度な時間管理の符丁であり、時に敗北の責任を負わされるスケープゴートでもあります。
- FPSにおける軽やかさ: ValorantやApexにおける『sup』は、戦術用語としての機能を残しつつも、コミュニケーションの潤滑油としての挨拶機能が強く現れます。
- 異文化理解の試金石: 非英語圏のプレイヤーにとって、『sup』の多義性を理解し使い分けることは、グローバルなゲームコミュニティに参加するための重要なリテラシーとなっています。
今後、AIによる自動翻訳やピンシステムの進化により、テキストチャットの必要性は徐々に低下していく可能性があります。
しかし、”Sup” という短く、力強く、そして曖昧な響きを持つこの言葉は、デジタル空間における人間同士の「生きたやり取り」の象徴として、形を変えながら残り続けることでしょう。
プレイヤーが画面の向こうにいる「他者」を認識し、連携し、あるいは衝突する限り、『sup』は常にそこにあり続けるのです。
付録:データと用語集
表1:ゲームタイトル別『sup』の意味分布と推奨される対応
| ゲームタイトル | 主な意味 (Primary Meaning) | 二次的な意味 (Secondary Meaning) | 推奨される対応 (Best Practice) |
| League of Legends | 役割 (Role) | 戦術情報 (Spell Timer) | チャットの “sup” は基本的にロール宣言か情報報告と捉える。挨拶は “glhf” が無難。 |
| Valorant | 挨拶 (Greeting) | 役割 (Sage/Skye等) | “Sup” と言われたら “Sup” や “Yo” と返す。ロールの話なら文脈が伴うはず。 |
| Overwatch 2 | 役割 (Role) | 挨拶 (Greeting) | “sup” はサポートロール全体を指す。”We need sup” はキャラ変更要請。 |
| Apex Legends | 挨拶 / 混合 | クラス (Support Class) | 挨拶の可能性が高いが、ピック画面ではクラス要請の可能性も考慮。 |
| MMORPG | 役割 (Role) | 挨拶 (Greeting) | パーティ募集の “Looking for sup” は100%役割募集。 |
表2:『sup』に関連する重要スラング集
| スラング | 意味 | 解説 |
| Sup Diff | Support Difference | 「サポートの実力差で負けた」。敗北時の言い訳や罵倒。 |
| Gap | Gap (Difference) | “Sup gap” は “Sup diff” と同義。実力差があること。 |
| Auto-filled | 自動割り当て | 希望ロール以外(多くの場合サポート)にシステムで割り当てられた状態。 |
| Peel | 皮をむく(保護) | サポートの重要行動。味方に張り付く敵を引き剥がして守ること。 |
| Inting | Intentional Feeding | わざと死ぬこと。”Sup is inting” はサポートが不当に死んでいることへの非難。 |
| Wassup | What’s up | “Sup” の原型。より明確に挨拶の意図が伝わる。 |
本報告書が、デジタルゲーム空間における言語的現象の理解の一助となれば幸いです。
